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相手を理解することの難しさ(という題名の愚痴)

まとめる気力もない駄文だけど、とりあえず書かなければ落ち着かないと思ったので書いた。

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あるところで、コミュニケーション上のすれ違いがあった。

「僕が相手の状況を理解していなかった」というのが直接の原因で、それに関して僕が悪いのは認めるしかない。

しかし、腑に落ちない。

相手には「藤原は相手を理解しようとしていない」と思われているようで。

「いやいや、それはお互い様ではないでしょうか?」と僕はつい思ってしまった。

僕から見て「これ以上近づくな!」というバリアを張っているように見えるのに、その状況で「ああ、私のことを理解しようともしてなかったんだ、絶望したわ」と言われても、僕は最初から詰んでますがなと思ってしまう。ダブルバインドじゃないですか、と。

また、嫌なら「私はそういうのがすごく嫌なんだ」と言ってくれればいいのを、「常識がなっていない」とか「社会人として失格」とか、主語をすり替えることに対して、僕は嫌悪感を抱いているのだと思う。

言い訳を許さず、さも「私は社会の常識人であって、正しい人間ですよ」みたいな言い方をされたところで、それは「あなたのその態度も、相手を理解する態度といえるのか?」と疑問に感じる。

僕が不器用なのは100%そうだと思う。しかし、お互いの不備や不完全を「常識がない」という言い方で僕に帰着させてくるのも、個人的には腑に落ちない。

「あなただって、実は不器用ではないのですか?」と問いたい。僕も不器用なので、そんなことは対面では言えないけど。

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「言わないけど察してくれ」というコミュニケーションは苦手ではあるけど、「時間をかけて観察する」ということを許してくれれば理解することは可能になってきた。

決して他人に関心が無いわけじゃない。しかし時間をかける必要はある。じっくり話を聞く必要がある。

だからこそ、相手がバリアを張っている状況は苦手である。まずバリアを溶かしていく過程が必要なのに、そうやってバリアを溶かしにいくと拒絶する相手はすごく苦手である。

そういうバリアに敏感すぎるからこそ、距離を置かざるを得ないというのがある。近づき過ぎると、かえって自分の精神が崩されるからだ。(そういう態度は、相手にもバリアに見えると思う。ハリネズミのジレンマのように。)

僕自身は自分のことを「他人のことについて無頓着だし、常識がない」と自覚していて、だからこそそれを盾にして攻撃されることに敏感だ。

おそらく、先ほどの「嫌な感じ」というのは、「自分を支配してくる感じ」だと思う。

パワハラとか毒親に通じるような、そういう雰囲気を敏感に感じた。だからこそ、理性の範疇以上に気が狂いそうになっているのだと思う。

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うまくまとまらないが、とりあえず文章に残しておく。未だに解消できていないもやもやではあるけど、大切にすべきもやもやでもあると思う。

藤原 惟

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藤原 惟

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エッセイ集・意識が高い哲学的ゾンビ

藤原 惟が考えたこと。堅いオピニオンからやわらかいエッセイまで。 過去の記事→ http://p-zombie.hatenablog.com/
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